『眠りの季節』(小中大豆) より抜粋
間もなく、陰の月が頭上に差し掛かる。
辺りはしんと静まり返り、月の光に照らされたほの暗い木々の陰影以外、何も見えない。
コノエは森の闇の中、途方に暮れていた。ここは、どこだろう。もう随分と歩き続けていた。
通った場所に目印をつけていたが、今目の前にあるのは、昼間に付けた目印だ。ぐるっと森を巡って、戻ってきてしまったのだろう。
だとすれば、そこはコノエがライとはぐれた地点で、目的地の藍閃まではまだ大分あるはずだった。
今日中に藍閃までたどり着けるといいが……と、休憩地点だったそこで、ライが言っていたから。
その後、出発の間際になって、ちょっとした言い合いになった。些細な言葉の行き違い。傲慢で不遜なライの態度にコノエが腹を立て、そんなコノエの怒りがわからない、と今度はライが不機嫌になる。いつもの喧嘩。
理由もいつも通り、取るに足らない、馬鹿馬鹿しいもの。
けれど、これもいつもの事ながら、その時のコノエは本気で怒っていた。だからつい、言ってしまったのだ。
「先に行けば。俺が後ろにいてもいなくても、あんたには関係ないだろ」
ライはそこで、僅かに眉を引き上げた。いかにも鬱陶しそうな、不機嫌な視線。謝罪の言葉など、コノエだって端から期待していない。それでも何か、悪態でも皮肉でも、返答を返してくれると思っていたのに。
彼はくるりと前方に向き直り、本当に先に行ってしまった。一度も振り返らず。
銀色の影が緑の中にすっかり消えてしまうまで、コノエは呆然としていた。置いていかれたのだと気づいたが、また戻ってくる事を期待して、そのまま暫く待っていた。
長い静寂。けれどもそれきり、ライは戻ってこない。本当に置いていかれたのだ。
「嘘だろ……」
確かに、先に行けと言ったのは自分だ。ライに仲間がいてもいなくても、関係ないのも事実。
だが、本当に行ってしまうなんて。先ほどの言い合いは、そんなにも深刻なものだったか? あんな風に、一瞥もくれずに去ってしまうほど。
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